まぶログ

脱サラ、移住、起業、地域活性化、まぶログのリアルな体験記

志摩の海鮮丼屋10周年②

2011年9月1日オープン当日。

大学のサークルの仲間から
お祝いのお花が届きました。

他にもたくさんの方から
置き場に困るくらい頂きました。

そしてそのお花が

「こんなにも勇気をくれるのか」

と、心の底から力が湧いてきたことを
今でも鮮明に覚えています。

次に自分の仲間が挑戦するときは
今度はお返しに応援出来る自分でありたいと
強く思いました。

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オープンから数日は
怒濤の如く過ぎ去っていきました。

どのように過ごしたかも覚えていませんが
毎日本当にやることばかり
営業はもちろん会計作業、給料計算、雇用保険、シフト作りに、情報発信・・・

「こんなにきつい仕事、本当にこれからも続けられるのか・・・」

と絶望していたことだけは覚えています。

ただ一方で

「みんなやってるし、きっといつかは馴れるはず」

と楽観的な自分もいました。

社会人時代の経験や当時貪るように読んでいた読書の
お陰もあると思います。

とは言え、スタートは問題ばかりでした。

何しろ素人が一ヶ月で準備したお店です。

「自分達が食べて美味しくないものは出さない」

と決めて始めましたが
当時はそもそも地魚に対するモノサシが足りていなかったのです。

今だから言えますが、あるお客様から

「この店は糸島の恥や」

と言われたこともありました。

サービス、味、お客様のご期待に添えなかった
当方の至らなさに対しての、厳しいお言葉でした。

そのときはあまりのショックにスタッフにすら言えませんでした。

それからと言うもの、より一層勉強の日々。

地魚の旬はもちろんのこと、目利き、漁法、神経〆や氷〆等の下処理、
あら汁の臭みの取り方、美味しいご飯の炊き方、知らないことだらけでした。

特に地元の魚については地元の漁師さんに聞くしかありません。

漁師さんって、とっつきにくくて無愛想なイメージですよね?

大体その通りでした笑

挨拶をしてもあからさまに無視されたりなんてことはしょっしゅう。

でもそれはそうです。

いきなり現れた素人の若造に自分が命をかけて獲ってきた魚について
そう易々と話す訳がない。

当時色んな方から「あの店は3ヶ月で潰れる」と言われていたそうです。

九大のやつらが研究か実証実験か分からないけど興味半分で始めただけだろうと。

そんな状況もあって、漁師さんや地元の方とのコミュニケーションは
非常に難しいものでした。

それでも勇気を出して、何度も何度もめげずに聞きました。

とにかくその方の魚を買って、食べて、美味しかったら
美味しかったと素直に伝えました。

すると少しづつ、魚について教えてくれるようになりました。

その教えてくれたことを実践して、また質問して。の繰り返し。

何とか食らいついていきました。

漁師さんにとっては当たり前のことも僕にとっては
本当に興味深く思いました。

魚の話はもちろんですが、
プライベートなことも話すようになりました。

あんなにとっつきにくかった漁師さん達が
こんなに面白い人達だったなんて思いもしませんでした笑

朝からくだらない話で大爆笑することもしばしば。

漁師さん達はどう思われているか分かりませんが
少なくとも僕にとっては楽しい時間です。

今では漁師さんの方から

「良か魚が入ったばい!」「あーたがいると思って持ってきたとばい!」

と電話がかかってくるようになりました。

漁師さんを応援しようと始めたお店ですが
むしろ応援されているのは自分達だと気付きました。

(つづく)